記憶のカケラ ~団地の思い出~

日常
スポンサーリンク

子どものころに見ていた風景は、色あせるごとにコマ送りになっていく。

少し前の記憶であれば、思い出すのもそう難しくはない。動画のように再生されて、そこに至るまでの流れだってだいたい覚えている。

なのに幼いころの記憶をたどると、なぜだか場面を切り取ったような思い出が多い。それはセピア色の写真のようで、前後の記憶は曖昧だ。

私はずっと団地育ちで、成人して実家を出るまでそこで過ごした。建物がオレンジ色に染まる時間まで遊んで、そのころには辺りからいろいろな匂いが漂う。そんなことだけはよく覚えていて、○○さんちは今日はカレーなんだなとか、○○ちゃんちは揚げ物の匂いがするとか、そんな話をしながら家路を歩いた。

団地には同世代の子がたくさんいて、友達もほとんどがその中だった。今思えば中学生になるまで、私の世界は団地がほとんどだったんだと思う。

当時の記憶をたどってみても、団地のどこかで過ごしているシーンばかり。誰かが植えたとウワサのビワの木から実をもいでみたり、ネコが住み着いた棟へ遊びに行ってみたり、何でもない日常はいつも団地の中にあった。

大人になった今、実家には母が暮らしている。そう遠くもないのでよく立ち寄るけれど、あのころに見た風景とは全く違う。団地内のあちこちにあった公園はほとんどが消え、駐車場が増え、塗り替えられた建物の壁は夕方になってもオレンジ色に染まらない。

別に懐かしむわけではないけれど、今ここに暮らしている子どもたちは私とは違う風景を見ている、そう思うとなんだか胸がきゅっとなる。

コマ送りでしか思い出せない、そんな幼少期。でもたしかに私はそこにいた。なくなった花壇も公園も、今はもういなくなった人たちさえも、記憶の中の一枚絵を彩ってくれている。

 

 

 

タイトルとURLをコピーしました